遺書

三日坊主なんで多分すぐやめます。

人は忘れる生き物だから

ふと

スケジュール帳を社会人になってやめてしまったな

と思った

 

高校3年生の時から大学卒業まで、約5年間欠かさず書き続けていたにも関わらず、だ

 

普通は学生から社会人になってからの方が書き込む事があるのかもしれないが、少なくとも自分は逆だった。

 

学生の頃は

毎週シフトが変わるバイトに、遊びに、授業に、

レポートの締め切りに、と書き込む事がたくさんあったが、それがほとんど平日は仕事、

週末は遊びに置き変わるので虚しくなってやめたのを覚えている。

 

まだ真面目にスケジュール帳を書いていた時は

ドタキャンなどが起きると

スケジュール帳に書いている予定を二重線で消す時間も発生するので、より悲しい気分になる感覚を思い出す

 

あの時間は凄く心が静かだったな、と思う

全てを中途半端で終わらせてしまう自分がよく五年間もスケジュール帳を書き続けていたな、とも思う。

 

そもそもなんで始めたんだっけ、

と昔のスケジュール帳の1日目を見ると

彼女と別れた

とだけ書き込んであった。

 

思い出した。

この時の俺は

このままじゃいけない、ここから変わろう

と頑張っていたんだと思う。

 

これまでの記憶も、やってきた行為も全部こうして消えていってしまうなら、せめて何らかの形で、今後は残していこうと思った感覚がなんとなく蘇ってくる。

未練がましく当時のプリクラが挟まっていた。

 

全部忘れていたし、今見ても全然大丈夫だ。

 

この時から成長して、紆余曲折があり、今はまた違う形で幸せに暮らしている。

 

ページをめくるごとに色々な記憶が蘇ってくる

 

大学の新歓

朝4時に食べた金龍ラーメン

みなみ会館の老朽化で歪んだ長い廊下

あの時の桃鉄

5畳半の部屋で飼っていた魚

今思い出しても謝りたくなるあの日

 

この"今"もまた忘れてしまうんだろうか。

せめて、この瞬間のこの気持ちはブログに書き留めておこうと思った。

 



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読み返す時に文字化けを起こしていませんように